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一般社団法人 日本歯科心身医学会​理事長挨拶

理事長  豊福 明
国立大学法人 東京科学大学(旧東京医科歯科大学)
大学院医歯学総合研究科 全人的医療開発学講座
歯科心身医学分野 教授

 2025年(令和7年)7月末より、一般社団法人日本歯科心身医学会の理事長を再び拝命致しました。大変光栄に存じますが、一方で次世代への継承が間に合わなかったとも言え、反省も込めながら少しの間だけお預かりするかたちです。

 日本歯科心身医学会は、「歯科領域の心身医療の発展をはかる」ことを目的として、1986年に故 内田 安信 名誉理事長が設立され、今年で40年を迎えます。2007年には、日本歯科医学会の認定分科会となり、2016年には一般社団法人となりました。

 先代の安彦 善裕 理事長は、事務局移転や赤字再建など本学会の大きな難局を切り抜けられた上に、他学会との合同シンポジウムや英語論文の増加を達成されました。さらに特筆すべきは韓国、ネパール、インドネシアなどアジア各国との国際交流も推進され、この数年は国際セッションを継続されるなど、我が国の歯科心身医学のプレゼンスをアピールされたことです。歯科心身症など“Not my business”と言わんばかりだった欧米に比べて、アジア圏は「日本を真似すればよい」と非常に意欲的な印象を受けています。

 このような影響か、この10年で、psychosomaticという概念やoral cenesthopathyという用語が(医科領域も含め)英語圏の論文で復活したことは、歯科心身医学に携わってきた者として非常に喜ばしいことです。痛みや咬合の心身医学的問題が、歯科臨床とは切っても切れない関係にあるのは明らかです。世界中で、いろいろな学会がこの問題に取り組みながらも、あえなく撤退を繰り返してきたのは、「心の問題」に今一歩踏み込めなかったからだと思います。脱心身二元論と脱還元主義。この良い流れを、次の世代に託したいところです。そのためにも先人から受け継いできた善いものを少しでも多く残しておかねばなりません。

 初代内田理事長が、なぜ本学会の目的に「心身医学」ではなく「心身医療」という言葉を使われたのか?

 学問も大事だが、まずは患者さんを見失ってはならない、あくまで臨床の学会であるべきだ、という戒めと解釈しておりますが、如何でしょうか?

 例えば、BMSの論文はこの数十年で爆発的に増加したのですが、「本当に患者さんを診ているのか?」との疑義を禁じえない論文もかなり散見されます。EBMと称して、自分たちは安全な場所に逃げ込んで「かの国では、こう言っている」などと輸入学問の空理空論に迎合追従してばかりでは、困っている患者さんのお役に立てません。

一方で心身医療の医療経済的な問題も無視できない問題と考えてきました。「道徳なき経済は罪悪であり 経済なき道徳は寝言である」とは、かの二宮尊徳の箴言です。もはや昭和・平成の先達のように「清貧」覚悟で、このような手間と時間を要する診療を維持することは極めて困難と言わざるを得なくなってきました。だからこそ、良い治療をして、患者さんが喜び、それが収益性に繋がるという本来のあり方・環境をつくっていかないと歯科心身医療の未来はありません。恩師である故 都 温彦先生(本学会2代目理事長)にはacademicでない!とお叱りを受けそうですが、もはや避けて通れない問題と愚考致しました。僕らだって、わざわざ貧乏になるために必死で受験勉強したわけではありませんし、卒後も日々研鑽に励んできたわけではありません。歯科界の活性化のためにも、心身医療の経営問題にも取り組んでいきたいと思います。歯科界は、インプラントやアライナー矯正などで国民の信頼を裏切る手痛い失敗を重ねてきた苦い歴史を持ちます。本学会は安易なお金儲けではなく、「きちんと治療できる」歯科心身医療を構築していく所存です。

 学会として、後進に素晴らしいこと、忘れてはいけない厳しいことを、少しずつ謙虚に伝えていく責務があります。残されたわずかな時間の中で、焦らず、揺るがず、責務を全うしたいと考えておりますので、会員の皆様のご協力を何卒宜しくお願い申し上げます。

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